水戸家庭裁判所 昭和44年(少)507号 決定 1969年6月04日
少年 E・F(昭二八・一一・二九生)
主文
少年を水戸保護観察所の保護観察に付する。
理由
(罪となるべき事実)
一、少年は、常日頃酒癖の悪い実父E・G(四五歳)に対し心よからず思つていたが、同人がたまたま昭和四四年四月○○日午後九時頃、酒気をおびて水戸市○○町○○番地の自宅に帰るなり、些細なことに腹を立て、病気静養中の実母○子(四八歳)および当時就職先を無断飛び出してきていた少年に対し、雑言を弄し、或は少年に対して、たばこの火を突きつけたり、刃体の長さ五センチメートルの植木屋鋏をつきつけようとして実母にこれを取り上げられ、また台所の雨戸のしんばり棒を取ろうとして果たさず、最後にまな板を振りあげて少年を殴打しようとしたので、少年はこれを実父の手から奪い取り、同人の前頭部を殴打して反抗したところ、父親が親に手向つたとして激怒したので、陳謝これつとめたが許されず、同人から表に出ろと言われ、ここに実父がいない方がよいと思うにいたると同時に刀のあることを思い出し、一旦刃渡り二五・三センチメートルの黒鞘作りの刀を握持したが、もう一度謝つても許されないなら実父を殺害しようと決意し、再び陳謝したが聞き入れられず、遂に同刀を抜いて右手に持ち左手を添えて実父の右腰背部を突き刺し、なおも同人が向つてきたので、刃体の長さ二〇・二センチメートルの小柄で、同人の左上腹部を突き刺し、よつて、同人を右腎臓斜断、十二指腸切断、膵臓横断、下肢大静脈切破、右腰肯部刺切創、腸関膜刺創、および左上腹部刺創等による出血多量により殺害したものである。
二、少年は、水戸市○○町○○番地の自宅において、法定の除外事由がないのに、茨城県公安委員会の許可を受けないで
(1) 昭和四三年五月頃から昭和四四年四月○○日頃まで、刃渡り二五・三センチメートルの刀一振りを
(2) 昭和四二年一一月○○日頃から昭和四四年四月○○日まで、刃渡り三六センチメートルの刀一振りを夫々所持していたものである。
(法令の適用)
一の事実につき、刑法第二〇〇条
二の各事実につき、銃砲刀剣類所持等取締法第三条第一項、第三一条の三第一号
(要保護性)
少年は小・中学校を通じ、学習成績は振わなかつたが、鑑別の結果によれば、少年の知的水準は普通程度にあり、脳波検査についても異常は認められず、知的機能が十分に発揮されていなかつたこと、即ち少年には抽象的思考は困難で全体的な見通しが悪いし、常とう的で視野狭く融通性に乏しく、自己中心的で独断的な判断をする傾向が強く、一般的に活動性、反応性に乏しく無気力で、気分の安定性を欠き、いらだちやすく、圧力に対して反撥的な態度をとりやすいこと、社会性発達の面では自我がいまだ母親との二者一体的な関与から独立していないため未熟であること、対人場面では自己顕示感情が強いが、反面社会性の未熟さ観念の固着傾向等のため一般的には引込思案になり、対人関係を円滑に保てず、孤立化しやすいので、強い圧力の下での訓練には耐え難く収容処遇は望ましくないこと等が認められる。なるほど本件は事案としては極めて重大であるが、少年は現に一六歳未満(非行時年齢一五歳四月)であつて、刑事処分相当として本件を検察官へ送致できないことはいうまでもない(少年法第二〇条ただし書)。よつて保護処分の選択につき慎重考察するに、少年には幸に非行歴は全くなく、本件非行の誘因は全く実父側にあつて少年の非行の危険性は少なく、問題はいわゆる過保護のため少年の独立への意欲を妨げている実母との関係において社会生活で独立してゆける精神的な準備状態の発達が不十分なことにあるものと考えられるので、この様な社会性の未熟さ、非社会的傾向を是正することが今後の指導上の要点であり、目標とすべきである。そこで少年の処遇については、この際少年のためにはむしろ前叙のごとき理由から収容処遇はこれを避け、実母からの精神的独立を期して少年の希望する木工の職域に住み込ませて専門的見地からの指導監督と、補導援護の下に社会適応性の涵養をはかることが特に必要と認め、少年を在宅保護専門(保護観察)に付するのを相当とし(ちなみに本決定と同時に本審判において、関係者間で右の趣旨に則り右の措置を講じさせた。)、少年法第三条第一項第一号、第二四条第一項第一号、少年審判規則第三七条第一項等の規定に則り、主文のとおり決定する。
(裁判官 林正行)